オタクってなんだろう。

生きててくれてありがとうブログ

ジャニーズを学びに放つ新世代。

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事務所様が作り上げた華麗なキャッチコピーを丸々文字ってそれっぽい記事に見せてしまい申し訳ありません。出オチ感エグい。

 

わたしが学生の間に、この時代が来てくれて本当に良かったと、2020の終わりに呟きたくて。

 

 

わたしは勉強が嫌いでした。自分の中に蔓延る「やらされてる感」を拭えなかったから。拭わなかったから。

社会に出るためについて回るものなら、そして大人の気を害さないようにするためなら、やらなければならないことは黙ってやっとくか。くらいのもの。

 

昔、何かの折で壇上で誓いの言葉、のようなものをやったことがあって、原稿で『勉強』というワードを使ったら、「『勉強』は強制的なものっていうイメージがあるから、『学業』とか『勉学』がいいよ」と姉に言われた思い出があります。なんだ、結局やらされてるものだっていうのは共通認識じゃん、と眉を顰めたことを記憶しています。捻くれてますね〜。

 

そしておよそ10年間、三度の飯より推しが好きでした。もちろん勉強よりも。推しは勉強からの逃避の一環でした。ゲームか、漫画か、テレビで推しを見るか。

 

 

そんな推しから、2020年、学びのパワーをいただくとは思わまあがでした。松倉さんもびっくり。

 

初めてクイズ番組で見たジャニーズの方は川島如恵留さんでした。トラジャを知って少し経った頃かなあ。

すごく楽しそうに出演されていたのが印象的でした。爪痕を残そうとか、自分やグループを知ってほしいとか、そういう気持ちは常に彼の中にあるものだとは思いますが、それ以上に楽しそうだった。

好きでやってるんだな、というのがひしひしと伝わってきました。

 

その次に拝見したのは阿部亮平さんでした。トラジャ沼に落ちて半月という驚異のスピードで、幼馴染の手によってスノも叩き込まれ、その中で特にわたしに刺さった阿部さんを追いかけつつ視聴しました。(この頃からジャニヲタの友達に「頭いい人好きなの?」と言われ始める。好きだよ!!!!!

阿部さんはとにかく知識量の鬼、という感じがしました。この世にあるもの、起こる事象、全て頭の中に入れんとするような気概。そして何より衝撃を受けた「ストレス解消法が勉強」というワード。言ってみて〜!!!!!!休みの日にカフェでオリンピックについて勉強していることをラジオで公言するジャニーズというなんとも言えないっょさ。言語化しろわたし。

好きでやっていることも勿論なのだろうけど、日々の生活の中に「学ぶ」という行為が既に組み込まれているのかな、と感じました。

 

そして自粛期間中に見た「ジャニーズクイズ部」の島動画。そこで出会った本髙克樹さん那須雄登ささん浮所飛貴さん福本大晴さん

若ぇ!!!!!!!!デビュー組、しかも中堅〜ベテランを追いかけ続けていたわたしにとっては眩しい若さでした。学生が言うのもなんですが。

たいちぇさんの「きょーはのえるくんたおすぞー」であっ、この子かわいい(確信)となりました。ぽんちゃんもなかなかに愛嬌溢れるキャラクターをお持ち。うきなすの沼は外野から見ても深そうなので足突っ込まないように警戒してます。誰か落としてくれ。

 

6人を認識し、何度も何度も島動画を見て、自粛が明けたらそれぞれの活躍も楽しみだなあ、なんて思っていた時。「「「アレ」」」の放送が決まったのです。

「ジャニーズクイズ部」という看板を背負って、6人で初めて出演したQさま‼︎」。あのお知らせが出たとき、この瞬間に立ち会えて幸せだと思いました。出産かな?

放送までの間、沢山の誌面でその「新たな道」をフィーチャーされた6人。

そこに並ぶ名だたる大学名よりも、みんなでクイズの勉強をしたとか、誰それの得意分野はここだから頼りにするとか、一人一人が楽しんでいる雰囲気と、等身大の努力する姿勢が、わたしを刺激しました。

当日も、リアルタイムで視聴しながら、仲間と共に点数を積み上げ、土壇場で逆転勝利を成し遂げたクイズ部の皆さんに感銘を受けました。

 

学ぶことを楽しんでいる人って、こんなに輝いているんだ。

これほどまで学ぶ機会に恵まれていながら、今まで学ぶことを楽しまずに、ただ「やらされている」意識だけを持っていたわたしは、どんなに寂しいのだろうか。

机に向かうことだけが学びじゃない。もし「勉強」に強制力が内包されていると考えられるなら、「勉強」は「学び」のほんの一部です。

 

外界にあるものから何かを得る行為は全て「学び」であると、この時初めて腑に落ちました。

だからわたしは学びたいと思いました。わたしが「勉強」だと思って嫌悪していたものも、わたしの意識次第でコロっと「学び」になりました。学ぶことを楽しめなかったのではなく、楽しまなかっただけだと気付きました。

そんな風に考えを変えることができたのは、ジャニーズクイズ部の皆さんの学歴がすごいからでも、皆さんがクイズ番組に出ているからでもない。

 

どんな場所であれ、学んでいる姿が楽しそうだったからです。

 

学ぶことを楽しむ人になりたい。素直に学べる人になりたい。

そう思えた瞬間から、わたしは「素直に学べる人」になれたと思います。

 

 

 

私見ですが、学ぶことはどんなものよりもその人の努力が分かるものだと思っています。わたしが好きなとある漫画に、「知識と知性は違うのよ」という台詞(文脈は皮肉ですが)があります。ずっと心に留めている大好きな言葉です。

「頭がいい人」=「知識人」ではない。逆に博識な方でも、「勉強」が出来るとは限らない。というか、クイズ番組に出られている方々が自己紹介に冠するような大学に入るために、雑学的知識を吸収することは求められない。(なので個人的には、クイズ番組での紹介テロップに大学名を入れることは果たして本当に必要なのだろうか?とも思いますが、タレントも制作側も「掴み」は必要だと考えると必須なのかな)

 

きっと沢山の方から感心されるような学歴をお持ちで、それでもなお、学ぶ姿勢、知識を取り込む姿勢を怠らない。日々の生活が全て「学び」なのだという確信を、我々に届けてくれている。

 

のえパラのおかげで自分の価値観に名前がついた話。 - オタクってなんだろう。

以前、こちらのブログでも書きました。

如恵留さんは、身の回りのことを理解していて、ご自身の考えを持っていらっしゃるから、自らの演出に繋げられた。それは現在多くの人がそうであるように、ただ毎日を生きているだけでは正しい知識を得るのが難しいフィールドです。

知らない世界があると知ること。学ぶことに対する自分の中のハードルを下げること。新たに学んだことを素直に受け入れること。そしてなにより、これらの学ぶ過程を楽しむこと。一つ一つを丁寧に積み重ねていった結果が、如恵留さんのあのステージだし、クイズ部の皆さん、そして学ぶことを怠らない全ての人々に実るものに繋がるのだと思います。

 

学歴も、資格も、メディアを通して残し続ける記録と記憶も、全部みなさんが努力した結果で、武器で、ステータスです。

しかし、こうしてテレビの向こうでボタンを押さんとする皆さんをわたしたちが何度も見れるのは、みなさんが今この瞬間も学ぶことを不断に続けているからなのだと思うのです。

 

クイズ部の皆さんはそれぞれ、「ジャニーズ」というイメージ、敢えて言い方を変えれば、人によっては掛けているかもしれない、集団に対する色眼鏡を、プラスに変えうるステータスをお持ちです。だけど、それそのものならジャニーズの先輩方でお持ちの方は沢山いらっしゃる。

そこで終わらせない努力を、彼らはした。「へぇ、学歴すごいね」で終わらせない努力。良くも悪くも字面だけで評価しがちなわたしたち視聴者に訴えかける「中身」を、たゆまず積み重ねた。だから「学び」というジャンルにジャニーズの風を吹き込んだ張本人であるのではないでしょうか。

 

 

0を1にした人は、その1を大きなものにしていく役割を担う後の世代に、深く刻み込まれるでしょう。これまで、ジャニーズタレントとしての新境地を開拓してきた数多くの先輩方のように。

今後、もし6人と同じように、クイズや学びというジャンルで活躍したいと思う後輩たちが現れたら。「ジャニーズクイズ部」に入部したいと志す人が増えていったら。

ジャニーズに所属するタレントさんが発信する学びの輪は必ず広がるでしょう。でも、その輪の中心となった阿部さんをはじめ「ジャニーズクイズ部1期生」の6人の存在が、その輪において忘れ去られることは決してないと信じています。

 

わたしの学びへの気持ちを大きく変えてくれた人。はじめの一歩を踏み出した人。心から尊敬しています。皆さんのさらなる飛躍をお祈りしております。

 

 

最後になりますが、この記事において、敢えて「学歴」という言葉を多用させていただきました。「学力」や「頭がいい」などとしても良かったのですが(ほぼ確実にそうだと思うので)、彼らの活躍する場面だけでそれを視聴者側からは測りかねること、そして学力というものの流動性、言葉の定義を考えて、揺るがない事実として、「学歴」というものを強調させていただきました。前述では否定的な意見も示しましたが、やはり掴みはそこにあると思いますし、なにより彼らの努力の結晶であることに違いはないので。

ここにお断りさせていただき、当記事の締めとさせていただきます。

 

 

最後までご覧くださりありがとうございました!

 

 

 

 

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